あおり運転同乗女性のデマから考える、法的措置のハードル
あおり運転事件で「同乗していた女性だ」とデマを流された女性が、先日会見を開きました。今回、Twitterや掲示板では同乗女性だと名指しで断定された上で、様々な誹謗中傷のコメントが書き込まれました。女性が代表を務める会社には、1日に280件もの電話が殺到したといいます。どうしてここまでデマが拡散されることになってしまったのでしょうか?また、女性の代理人弁護士は、デマの書き込みをした人やリツイートをした人への法的責任の追求を検討していると述べています。実際に慰謝料を請求した場合、慰謝料の額はどのくらいになるのでしょうか?現役弁護士に聞いてみました。

今回ご解説いただく弁護士のご紹介です。
安藤 秀樹(あんどう ひでき) 弁護士
安藤法律事務所 代表弁護士
仙台弁護士会 所属農学部出身。理系出身であることもあり、わかりやすく・納得のいく説明が得意。物腰柔らかく、気軽に相談できることを大事に弁護活動を行う。
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デマの書き込みをした人に慰謝料を請求した場合、額はどのくらいになりそうでしょうか?
今回、デマの書き込みをした人は、刑事上の責任(名誉毀損罪の成立)と民事上の責任(慰謝料の支払い)のどちらも負うことが考えられます。
名誉毀損の場合、今までの傾向からすれば慰謝料の相場は10〜50万円になっています。また、今回の被害者の方はご自身で事業をされていたため、事業に対する被害もあれば損害賠償額は100万円くらいになる可能性があります。
リツイートにも名誉毀損罪が成立することは考えられるでしょうか?また、慰謝料額はどのくらいになりそうでしょうか?
名誉毀損罪の成立、刑事上の責任は負わない可能性が高いです。
ただし、民事上の責任については東京地裁平成26年12月24日判決、東京地裁平成27年11月25日判決がリツイートについて慰謝料請求を認めており、今回のケースでも慰謝料請求が認められる可能性はあるでしょう。
慰謝料額はやはり元のデマのツイートをした人よりは下がり、20万円くらいが相場となると思います。
デマを流され、それがずっと晴れず長期にわたって被害を受けたような事例はあるでしょうか?
今回被害に遭われた女性は、すぐに弁護士をつけデマであることを表明したため、早い段階で疑惑が晴れました。
これに対し長期化した事例で有名なものとしては、タレントのエスパー伊藤さんの引退報道のデマが挙げられます。また、同じくタレントのスマイリーキクチさんや唐沢貴洋弁護士は長年に渡ってデマを流され、何百通もの殺害予告を受けることになりました。
デマを流したり、誹謗中傷をする人たちは匿名性をいいことに、相手が何も言ってこないからやりたい放題なのかと思います。「悪を叩きたい」という一面的な正義感や、日頃の鬱憤を晴らしたいという思いが、デマの拡散に繋がっているのではないでしょうか。
先生自身、デマの書き込みに関する事件を担当された実例はございますか?
デマをうっかり書き込んでしまったという相談を受けることもありますが、自分で削除出来る場合には、拡散される前に訂正して削除するということがまずは大事だと思います。
また、会社について話し合う大手掲示板のスレッドに「この人は不倫をしています」という書き込みがされて、その削除請求をしたことがあります。その案件では私から削除請求をすることで書き込みは削除されました。
デマを書き込まれて、削除や慰謝料請求に時間を取られ、ストレスを抱えたくないのであれば、弁護士に相談した方が安心だと思います。
相手を特定するコストや弁護士費用を考えると、名誉毀損の慰謝料額の相場は安すぎるのではないでしょうか?
デマを書き込んだ相手を1人1人特定するには、本当に多くのコストがかかります。
相手の特定や慰謝料請求の手順については、こちらの記事でも詳しく解説しています。
Twitterや掲示板での悪口・誹謗中傷、訴えられますか?犯人の特定はどうするの?
特定のためには、まず裁判所で仮処分などの保全手続をしなければならないのですが、Twitterは海外の会社ですし、大手掲示板などのサイトも海外の会社であることが多いため、その場合は東京地方裁判所で手続きをしなければいけません。
裁判に出席するとなると、地方の依頼者にとっては、かなり大変だと思います。
掲示板など、書き込める場所を提供しているプロバイダの情報が明らかになった後も、プロバイダに書き込んだ人の情報を開示してもらったり、書き込みを削除してもらうため、裁判を何回もしなければなりません。
このように慰謝料請求を行うにしても、本人を特定するのにかなりのコストがかかるので何人も訴えないと割に合いません。そのコストや弁護士費用を考えると、名誉毀損の慰謝料額の相場はあまりに安いと思います。
デマを流された方の信用回復や、慰謝料請求のハードルを下げるため、法律や裁判所はどのように変わっていくべきでしょうか?
法律を変えるのは、表現の自由とも関係するため、慎重な議論が必要だと思います。
ただし、裁判所の管轄を柔軟に運用することや裁判の全面的なIT化など、地方でも実施可能な裁判の仕組みを整備することで、本人特定や慰謝料請求のハードルを下げることはできるのではないでしょうか。
情報を扱う際、個人個人はどのようなことに気をつけなければならないでしょうか?
まず、情報を発信する際は本当のことかどうかを確かめた上で発信するようにしましょう。
情報を信じて行動する際も、本当にその情報が信用できるものなのか二重三重のチェックが必要になる場合もあります。
以前、似たような事例として弁護士に対する大量懲戒請求問題がありました。この事件は、まとめサイトなどの情報を信じ込んだ人々が、当該弁護士について詳しく調べもせずに累計で何万件もの懲戒請求を送ったというものです。懲戒請求された弁護士の業務を邪魔しただけでなく、損害賠償請求も受ける結果となっています。
インフルエンサーを中心に、自らへの誹謗中傷に対して法的措置を取ることが以前よりも身近になっているように思えます。情報を流したり、リツイートする際に、より慎重にならなければいけない時代だと思います。
嘘の情報を信じてしまったという点ではある意味被害者なのかもしれませんが、その情報を流すことで加害者にもなり得ます。また、その情報が嘘でも本当でも相手に強い精神的なダメージを負わせる可能性があることを、よく理解しなくてはいけません。まして嘘だった場合、被害者の方は一生モノのトラウマを背負うこともあるのです。
被害者にも加害者にもならないためにも、責任を持って情報を扱いましょう。