パワハラ防止法の特徴とパワハラに対する法的手段について弁護士が解説
2019年5月、パワハラ防止法が成立しました。それまでパワハラについて明記した法律はなく、パワハラ防止法の成立は画期的なものであったといえます。この法律の成立によって、パワハラのあった企業に対してどのようなことができるようになるのでしょうか?また、実際にパワハラを受けたら、どのような法律を根拠に責任追求ができるのでしょうか?現役弁護士が解説します。

今回ご解説いただく弁護士のご紹介です。
安藤 秀樹(あんどう ひでき) 弁護士
安藤法律事務所 代表弁護士
仙台弁護士会 所属農学部出身。理系出身であることもあり、わかりやすく・納得のいく説明が得意。物腰柔らかく、気軽に相談できることを大事に弁護活動を行う。
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パワハラを防止する法律はあるのか
2019年5月パワハラ防止法が成立
2019年5月29日、労働施策総合推進法が改正されました。この法律は通称パワハラ防止法と呼ばれ、早ければ大企業で2020年6月1日、中小企業で22年4月に適用されることになります。
パワハラ防止について初めて明記した法律
実は、パワハラ防止法が成立するまでパワハラの防止について定めた法律は存在しませんでした。パワハラを定義し、企業に防止措置義務を定めた点では、パワハラ防止法の成立は画期的であったと言えます。
パワハラ防止法の特徴
パワハラを定義
パワハラ防止法では、パワハラを以下のように定義しています。
「職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であつて、業務上必要かつ相当な範囲を超えたもの」
つまり、仕事の上で上司と部下などの立場の違いを利用して、本来の業務では必要のないひどいことを言ったり、過度な行為をすることです。そして、このようなパワハラによって職場環境が害されることのないよう、企業に対して必要な措置をとることを義務付けています。いままでのパワハラに関する判例をまとめた法律、と言えるでしょう。
定義の中で大事なポイント
3つあり、優越的関係を不当に利用して圧力をかけること、業務上必要かつ相当な範囲を超えること、労働者の就業環境を害すること、の3点です。これらがあわさってパワハラと判断されます。
優越的関係とは、簡単に言うと上司から部下、先輩から後輩などが一般的です。それに加えて権限の大きい部下から上司へのパワハラ、同僚から同僚へのパワハラという場合もあります。ただし、業務上必要かつ相当な範囲にはどこまで含まれるのかは、条文だけでは不明確です。ここに当てはまっているか考えるべき基準としては、あくまでも注意指導のために行われたことなのか、嫌がらせなのか、という点で該当性を判断することになります。実際の裁判でも、言動の内容や対応の部分から判断されており、言動、対応、関係性やその他の状況などを総合的に勘案して社会通念上の問題がないかが基準となります。
参考に裁判例をご紹介します。平成27年1月28日、東京高裁にて、サントリーホールディングスでのパワハラ事件についての判決が出ました。主に「バカ」「お前には任せられない」という発言で新入社員の方が繰り返し名誉を傷つけられた、という内容です。これについては、業務とは関係なく、個人の人格を否定しているものだと認定されました。
このように業務とは関係が無い個人の人格否定は、パワハラが認定される可能性が高い傾向があります。被害者からしたら言語道断な仕打ちで許せないというのはもちろんですが、会社からしてもせっかく採用し、育てた部下や社員がこういった業務と関係のない事情でやめてしまうことは非常にもったいないことです。
パワハラの6類型
暴行傷害、暴言、隔離・無視、過大な要求(絶亭に達成できない)、過小要求、私的なことへの過度な立ち入り。
参照:職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議ワーキング・グループ報告
パワハラ相談をした従業員に対する解雇などの禁止
パワハラ防止法では、従業員がパワハラの相談などをしたことを理由に解雇などの不利益な扱いをすることを禁止しています。
30条の2 第2項
事業主は、労働者が前項の相談を行つたこと又は事業主による当該相談への対応に協力した際に事実を述べたことを理由として、当該労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない。
これは当たり前のことにも思えますが、実際にパワハラを告発した従業員が解雇されたり、会社に居づらくなってしまうケースは少なくないため、このような規定が作られました。
実際にパワハラを告発して解雇された場合のこの条文の有用性
この条文を根拠に、というよりも、従来どおり解雇事由の適法性を確かめる手続きになるかと思います。
パワハラの相談をしたから解雇、ということが解雇の正当な理由には昔であってもなりえません。この条文も参照条文となると思いますが、今まで通りに解雇理由として正当な理由があるかが争点となるだろうと思います。
解雇を争う場合は、会社に戻るという結論よりは、損害賠償として、解雇されていた期間中の就労不能期間分の給与を請求する、という形でおわることが多いです。不当解雇に対する慰謝料請求もありますが、給料分のほうが大きいところです。そのため、主な請求としては、本来解雇されていなければ受け取っていた給与、ということになります。
不当解雇へ訴えを起こしての復職について
解雇無効で復帰した、という例は珍しいかと思います。これまで、私が実際に対応した中での復職はありませんでした。特に小さい会社だとワンマン社長といった形なので、仮に復職できたとしても、その後の就労は難しいものがあると思います。
企業に対する罰則については定められていない
パワハラ防止法では、パワハラが起こった企業に対する罰則規定は設けていません。また、企業はパワハラを防いだり是正するよう必要な措置さえとればよく、「ウチがとれるだけの措置はとった」と主張し責任を逃れることも考えられます。
ただし、労働施策総合推進法の30条5項と33条2項には、紛争解決の援助のために労働局長が必要な助言や指導、または勧告をすることができると定められています。もしも、その勧告に従わない事業主が居た場合には、その旨を公表できるため、パワハラを是正しなかった場合は企業名が周知されるようになります。もともと裁判になり、判決にまで至った場合の多くは、会社名が事件名になるといったことが従来までもありましたが、それよりも公表されやすくなったので、放っておくとブラック企業として社会に周知されるため、会社にとっても大きな抑止力になるといえます。
今までは、あっせんといった手続しか出来ませんでしたが、パワハラの紛争についても調停(労働局と紛争調整委員会)ができるようになりました。セクハラについては、男女雇用均等法では仕様がありましたが、同様のものがパワハラでも使えるようになります。
加えて、この法律ではなく、昔通り後述の不法行為責任(709条、715条)で会社の責任を追求するという方法も可能です。
従業員が行政機関を動かせるのか
いままでも労働基準監督署等に相談窓口はありました。そこでも、企業の労災隠しや賃金未払いなどにはかなり厳しくあたってきています。労災については、実際に行政が現場まで行くことがほとんどで、徹底して対応してきた実績はあるところです。よって、当然に行政にも期待したいところですが、それは実際に施行、運用されてみないとわからない部分ではあります。
弁護士の先生によっては労働局は動かなかった、と話す方もいらっしゃいますので、地域によって異なる可能性もあります。
パワハラ防止法のその他の特徴
事業主の取るべき対応については、パワハラ防止の方針の策定や、明確化、周知をしないといけなくなっています。ですが具体的な部分は、厚生労働省が発表すると考えられる指針を待つ、といった状況です。
パワハラを受けたら、どのような責任追及ができるのか
不法行為責任(民法709条)
現行のパワハラに対する法律です。パワハラが不法行為にあたるとして、「パワハラをした本人」と「パワハラを放置していた会社」に慰謝料を請求できる場合があります。
状況にもよりますが、慰謝料の相場は50〜100万円となっており、パワハラが原因で精神疾患などを発症した場合にはもう少し慰謝料の相場が高くなります。治療期間が長くなるほど高くなります。
実際の流れ
訴える場合には、基本的に個人は賠償金として支払えるお金があまりないので、会社と個人の両方、もしくは会社のみを訴えることが多いです。基本的には709条で、後述の715条で会社も、という形で連帯しての請求をするのが基本的なやり方です。会社が払っても個人が払ってもいいのですが、基本的には会社が払うことになり、あとから会社が個人(加害者)に一部負担させることもあるようです。先ほどお話しした不当解雇も含めると、合計の請求額が400~500万円になることも珍しくないところです。不当解雇のせいで働けなかった期間の給与を請求することになるため、合計するとこのくらいにはなってきます。
PTSD等に罹患した場合には、労災申請の時効期間が短いため、まずは労災認定を行います。労災の原因特定、会社業務が原因であると認定されれば責任追及という流れになります。このような場合には、給与水準にもよりますが、就労不能時期の損失の補填として、多額の請求になる可能性もあります。
私がご相談を受けるときには、会社のためにも、そして他の労働者の方のためにも訴えたほうが良いとアドバイスさせていただいています。同じ苦しみを味わう人が出ないように、訴えることには意味があります。また、会社にとっても改善のためのタイミングと受け止めていただきたく思っています。
会社に対して使用者責任(民法第715条)
会社それ自体にパワハラの非が認められなかったとしても、会社の従業員がパワハラをして他の従業員に損害を与えた場合には、会社にも慰謝料を請求できる場合がほとんどです。なぜなら会社は従業員を雇っている以上、業務にあたって従業員が第三者に損害を与えた場合には、これを賠償する責任があるからです。これを使用者責任といいます。
ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、使用者が被用者の選任及びその事業の監督について相当の注意をしたとき、又は相当の注意をしても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。
ただし、前提としてさきほど説明した、不法行為責任(709条)としても認定されることが前提です。
パワハラを受けたら
パワハラは証明するのが難しいです。残業代の場合は労働記録と、受け取っている金額の差分をみればすぐに分かるのですが、パワハラの場合は「パワハラが実際にあったのか」、「それがパワハラなの」、そして「精神疾患等の原因がパワハラなのか」、というふうに確認すべきことが多いです。
総合的な判断になるので、迷った場合、まずは労働問題に強い弁護士に相談されることをおすすめいたします。
パワハラを受けた場合取るべき手段についてはこちらの記事でも詳しく解説しています。
パワハラを告発するか悩んでいる方に、相談先や相談前の注意点を弁護士がアドバイスします
残業代や未払賃金の請求(労働基準法)
パワハラとは異なる問題ではありますが、パワハラの起こる会社ではサービス残業が横行していて、残業代が支払われていないということも少なくないでしょう。残業代が支払われていない場合には、会社と交渉したり労働基準監督署へ申告することで、残業代を支払ってもらえる可能性があります。ただし、残業代を請求する場合には、タイムカードや勤怠記録などの証拠の存在が重要になります。
実際のところ、パワハラに対する訴えと残業代の請求を同時に行うことはあまりないです。ご相談者様もパワハラや残業によってかなり疲弊していることもあり、両方の訴訟をやることは困難な場合もあります。
請求する場合には、残業代をきちんと計算して、きちんと話し合うことができれば、労働審判・示談交渉等を行うと割と早く解決できるかとは思います。確実に残業代があるとわかっている場合、数ヶ月で終わることもあります。
パワハラ防止法について気になる方は、こちらの記事もおすすめです。
パワハラでお悩みの方へ先生からメッセージ
パワハラは、会社内といったある種、「閉じられた」社会の中で行われるもので、学校内で行われる「いじめ」と似たような構造ももっています。
いじめについて、いじめられたほうにも原因があるといったことが言われるのと同様に、パワハラについても、「パワハラを受ける方にも問題がある」、「当然の教育」といったことが主張されることも珍しくありません。
そのような中で、一人で立ち向かっていくことは本当に難しいことです。これはパワハラかもしれない、話だけでも聞いてほしい、そのように感じたら、他の専門家に加えて、弁護士に相談することも解決の手助けになるかと思います。
悩んだら、是非お近くの弁護士に相談してみてください。