安楽死の刑法上の問題~もしも自分や家族が不治の病になったら~
オランダやイタリアなど、安楽死が合法化されている国はあり、日本でも安楽死に賛成する人の声を聞くことがあります。安楽死合法化を考える前に、まずは日本で安楽死をした場合どのような罪になるのか見ていきましょう。

安楽死の刑法上の問題~自分や家族が不治の病になったら~
皆さんは、自分や家族が不治の病にかかり、回復の見込みのないとき、どういう選択をするか…考えたことはあるでしょうか?
これについて、安楽死を選択の一つとして認めるべきだとの考えが存在します。では、現行の刑法の下では、安楽死はどのように扱われているのでしょうか?説明していきます。なお、尊厳死についてもさまざまな刑法問題がありますが、機会があれば尊厳死についても扱いたいですが、今回は争点の拡散を防ぐために安楽死についてのみ扱います。
まず、一口に安楽死といっても様々な類型があります。
A「純粋の安楽死」:生命の短縮を伴わず死苦の除去、緩和を行うもの
B「間接的安楽死」:モルヒネ等の鎮痛薬の継続的投与による死苦の除去・緩和措置の副作用として患者の生命を短縮するもの
C「消極的安楽死」:安らかな死を迎えさせるために延命措置を停止するもの
D「積極的安楽死」:安らかな死を迎えさせるために病者を殺害するもの
この4つの類型のうち、Aは単なる治療行為の一種なので、刑法上問題とはならないですが、BとCとDは、医師がこれを行った場合、状況により殺人罪・嘱託殺人罪(本人から依頼されて殺すことをいいます)などの構成要件に該当することになるのです。現状では、若干刑法上の定義とのズレはありますが、今回のアンケートにあるような安楽死は認められていないこととなります。
しかし、現行の刑法の下でも安楽死が違法とならない余地もあります。刑法の世界ではこれを「違法性阻却」といったりするのですが、安楽死も「違法性阻却」される余地はあるのです。
ここで参照すべきは名古屋高判昭37・12・22高刑集15巻9号674頁と、横浜地判平成7・3・28判時1530号28頁(東海大事件)の二つです。
前者の判決では、
①病者が不治の病に侵され死が目前に差し迫っていること
②苦痛がはなはだしく何人も見るに忍びない程度のものであること
③もっぱら病者の死苦の緩和が目的であること
④病者が意思を表明できる場合には病者の真摯な嘱託又は承諾があること
⑤原則医師の手によるものであること
⑥方法が倫理的に妥当なものであること
という要件がそろえば安楽死も違法性阻却されることとなる、と示されました。こちらの判決は、患者本人ではなく「第三者」的な要件であるとの批判があります。
一方で後者の判決では
①患者に耐え難い肉体的苦痛がある
②死が避けられず死が目前に差し迫っている
③死なせるほかに肉体的苦痛を除去・緩和する代替手段がない
④患者の明示の意思表示がある
との要件が示されました。こちらは前者の判決よりも患者の「自己決定権」を考慮したものであるとして評価されています。「自己決定権」は不任意の安楽死の歯止めの機能を果たすからです。
もっとも、いずれの要件も厳格なので、安楽死が違法とならない場合はかなり少ないと思われます。したがって、現行法の下では、自分や家族が安楽死をしたい、となっても、それを行ってしまえば、当然のことながら家族や医師が法的責任を問われることになる可能性が極めて高いでしょう。